百姓家
      新美南吉

お聞きよ、この百姓家から
もれてくるハモニカの声を。
だれかが風呂にはいりながら、
ハモニカをふいているのだ。

ほら、湯気にくもったガラス窓に
小さいカンテラの灯が見えるだろう。
あの灯の下で、ジャブジャブやりながら、
ふいているのだ。

なんというやつだろう、そいつは。
風呂の中でハモニカをふくなんて。
だが、ぼくにはわかった−
この家には若い者がいるんだ。

そいつは、やんちゃで、
夕飯を茶わんで十ぱいも食べ、
母親のことをバカといい、
きのうおろしたばかりのシャツを
もうきょうは、やぶいてしまうというやつなんだ。


だが、父親にしかられでもすると、
ひどくしょげてしまって、
暗いくどばたにいる母親のところへ、
ねだった金を、
半分かえしにくるといったやつなんだ。

そいつは、やんちゃで、バカなこともするが、
夢が大きくて、犬なんか、かわいがっているんだ。
こんな見すぼらしいかやぶきの百姓家だが、
ここには明るい幸福があるのだ。

お聞きよ、この家の背戸口に、
夕やみの中ににおっている
茗荷のほのかなかおりを。



   文学碑の場所:安城市立新田小学校図書室前



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